アルシャンユーキ。中国スタッフがその名称を連発する。どんな町なのか、思わず期待してしまう。
久しぶりにコーヒーを味わい、朝食らしい食事をした。この日、出発は早朝だ。シルクロードを東に向かう。酒泉まで逆走。その先、山丹から北に向かう。 地図では山丹から北に向かう道は一般公路である。 だが、アルシャンユーキからトンゴリ砂漠の東にあるアルシャンサーキまで道はないことになっている。予定ではアルシャン左旗まで走ることになっている。
アルシャンサーキは以前は定遠営と呼ばれていたところではないだろうか。かつてはゴビと呼ばれていた時代、定遠営は交易品の集積所として賑わいを見せ、辺境の都会(?)といっていいほど人間の交流やら文化の交流があった場所だ。
現在、辺境の都会がどのようになっているのか興味をそそられる。
しかし、アルシャンユーキからアルシャンサーキまで、地図の上には道が無い。
「今日は時間がかかるね。山丹から先、道がどうなっているかわからない……」
そんなブーの無線が入る。嘉峪関を出て、昨日走ったシルクロードを逆走する。酒泉から先、シルクロードはまるで谷底を思わせる場所を走る。道路の両脇は断崖といっていいほどだ。砂漠色の大地の裂け目。その底の部分に舗装路が伸びている。空は舞い上がった砂で閉ざされ、景色は最悪。面白くない。途中、通過する町や村落にも活気が感じられない。
ちょっと立ち寄って休憩を取ろうという気にもならない。
山丹の外れで舗装路を左折する。それこそ廃道そのものという道に入った。
思わず、本当にこの道でいいのか、疑いたくなる道なのである。谷底から崖の上に出られるものなのだろうか……。
少なくとも、廃道の先にアルシャンサーキという町だか、村落があるなら、クルマの行き来だってあるだろう。
大地の裂け目の、その皺のような廃道は切り立った崖に刻まれた、素朴な道。いつ崖崩れが起きようと、上から落石が降ってきてもおかしくない。道幅が極端に狭く、クルマ1台がやっと通れるような危険と同時に怪しいのである。
クルマの速度はガクリと落ちる。運転手は前に乗り出し路面の状態を真剣に見ている。前のクルマが崖っぷちギリギリを通過すると、そこから石や土砂が崩れて落ちる。
時には歩くより遅い速度になったり、早歩きペースになったり。クルマで走る速度にならない。
「崖を登りきったら、そこで昼食ね。アルシャンサーキに食堂があるから……」 ブーが無線で知らせてくる。
食堂があることは、ホテルで耳にしたのだろう。ブーも運転手もアルシャンサーキは初めてだと言っていた事を思い出した。 予約が取れたホテルは、賓館とは明らかに違っていた。完全な観光ホテルと言っていい。
昼をとっくに過ぎたころ、3台の四輪駆動車は、やっとの思いで崖の上に出た。そこは真っ平らな土漠だった。すでにバタンヂリン砂漠を出てトンゴリ砂漠に入っているらしい。
土漠に降り立つと、そこにはエヂナ方面と思える場所から道が続いているではないか。
「エヂナ方面からの道かな。できれば目の前の道で、ここに来たかったな!」
ブーに、そんな問いかけをしてみた。
するとブーは困ったような表情を見せる。ボソリ、ボソリと彼が言うには、バタンヂリン砂漠は軍事施設や訓練施設、宇宙開発に関連した施設があって、立ち入り禁止の場所が多いという。エヂナ方面に通じていると思われる道は軍用道路らしく、そこを使えるのは地域住民に限られているらしい。
その後のことであるが中国初の有人ロケット、神舟が打ち上げられた場所が内蒙古の砂漠地帯と知った。
さて、想像を絶した廃道とも思える山岳路を制覇し、民家が5、6軒点在している場所に到着した。どうやら、ここがアルシャンサーキらしい。
すっかり腹も減っている。一軒の、今にも崩れそうな民家の前でクルマを降りたブーと中国スタッフが、大きな声で叫んだり、クラクションを鳴らしたりする。
<つづく>
Written by 西村 光生
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