ことの起こりは、突然の電話だった。
「四輪駆動車で砂漠の旅をしましょう……」
何の前触れもなく大胆な誘いで、この砂漠旅が始まったのである。 歴史学者でも、考古学者でもない。アジアの研究者でもないのに、砂漠旅、歴史道とは、少々、大げさなタイトルになってしまったのにはワケがある。
誘いをかけてきたのは一緒にモンゴル草原をクルマで旅した男と、その友人だ。
中国は内蒙古自治区の区都、フフホトに住むモンゴル族の男。名前をブーと言う。日本に留学経験のあるブーは電話口で、巧みで怪しげな日本語で早口にまくし立てた。
「中国で二番目に大きな砂漠よ。バタンヂリン砂漠ね、そこをぐるっと一周するよ。砂嵐になる前よ、時間を作ってね。一緒に砂漠旅しましょう……」
バタンヂリン砂漠……。その砂漠が中国のどこにあるのか、見当もつかない。聞いたことのない砂漠だけに、興味も湧いてきた。
砂漠の旅に誘われてその気になるというのも、普通の人にとってみれば妙な話である。観光でもなければ、探検や冒険でもない。
ただ、砂漠を四輪駆動車で走ってみようなどという旅はある意味、特殊だ。ほとんどの人には馴染みもなければ、縁のない旅だろう。
学者でもなければ研究者でもないのに、砂漠と呼ばれる僻地、辺境までノコノコと出かけて行くことなど酔狂、物好き、マニアそのものと思われるに違いない。
ところが、酔狂のまま、そんな僻地への旅に誘われたり、誘う立場になったり。再び誘い、誘われを繰り返してしまうものである。
辺境への旅は数日の場合もあれば数週間のときもある。しかし、僻地や辺境で共に同じ過ごしたことで、不思議な仲間意識が生まれるものである。
「同じ釜の飯を食った」というあの感覚に近いものがあると思っている。
類が友を呼び、その友が友を呼ぶとでも言ったらいいのだろうか……。
誘いに乗った。そして時間の許す限り、目的地である砂漠の下調べを始めた。
ところが、観光地とは違い、砂漠のガイドブックなど存在しない。
時間を作り出しては図書館やら古本屋を回り『バタンヂリン砂漠』を知る資料となる書籍を探した。ところが、観光地でもなければ名所旧跡も皆無。歴史的な価値もほとんどない中国の田舎の田舎、辺境の砂漠を著した資料は探せなかった。
『※▲の歩き方』とか『◆?の徹底ガイドブック』など存在するワケもない。
仕方なく、中国全土を現した地図を手に入れて場所を探る。
バタンジリン砂漠の場所は内蒙古自治区の西に広がっていた。
地球規模でいうなら中国最大のタクラマカン砂漠と地続きで東隣だった。さらに南にはトンゴリ砂漠。その東にモウス砂漠が控えている。
中国で二番目に大きな砂漠は新疆ウイグル自治区の区都、ウルムチの北。ロシア国境に接しているグルンバットチュルンギット砂漠のはずなのだが……。
だが、バタンジリン、トンゴリ、モウス砂漠の三つを合わせると、なるほど中国で二番目の大きな砂漠という言い方も納得できる。
資料になるものを探しまくった。
役に立ったのは二十世紀初頭、中国の西域や砂漠を探険した著名な探検家達が残した多くの探険記である。
地図を広げては、探険記を読みふける。するとその砂漠は、その昔、ゴビ砂漠とかアラシャン砂漠と呼ばれていたことがわかった。
探検家らが足跡を残した地図と現代版の地図を照らし合わせる。
地名、名称の呼び方が微妙に違う。多分、翻訳者の解釈の違いだろう。とにかく、探険記の情報はかなり古い。
スエーデンの著名な探検家であるスヴェン・ヘディンが1920年代に北京を出てアラシャン砂漠の北端ルートをラクダで走破したことを突き止めた。
ブーから送られてくるファックスで、我々が実行しようとするルートの概要が見えてくると、そのルートはヘディンのルートと限りなく近いこともわかってきたのだ。
二十世紀の初頭、ヨーロッパの探検家、冒険家にとって中国の西域や、そこに広がる砂漠はまさに宝の山だったのである。
多くの探検家が国の名誉を背負って、探険に出かけていたのだ。
フフホトから西に向かう砂漠道はハミ、ウルムチを通りステップルートに通じる交易路である。
バタンジリン砂漠の西端で出会う南北の道はモンゴルから一気通関でオアシスルートと呼ばれるシルクロードの酒泉に通じる道だ。
東西に通じる交易路と南北に交わる道は、モンゴル以前、北方で遊牧生活を送るスキタイや匈奴といった北方騎馬民族が物資豊かな南の国へ侵略を繰り返す重要な道だったらしいということもわかってきた。
そして東西と南北の交差する場所に、そういった北方騎馬民族の襲撃をかわすため西夏国が北の守りを固めるために兵隊を駐屯させる施設や家畜囲い。さらに黒水城という城郭都市を建設していたのだ。現在、それらの遺跡は砂漠の中に埋もれようとしているらしい。
どうやら、ブーに誘われた砂漠旅は、歴史を辿る旅にもなりそうだ。
なにやら、探検家、冒険家の気分になってくる。しかし、これまで経験した闇雲に僻地を四輪駆動車で走るのとはワケが違うと、すっかりその気になってしまう。
何かが発見できるだろうし、出会いにも期待する。
いままでとは違う期待に胸がどんどんと膨らんできた。
第2回
チンギス・ハーン最後の
征服ルートも走破するぞ
Written by 西村 光生
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