「完全にバタンヂリン砂漠に入りました……」怪しいアクセントでブーの声がトランシーバーから響いた。案内板や道路標識すらない場所で、彼は自信を持って喋ったのである。
人の運転するクルマに揺られているだけというのも疲れるものである。
その上、北京ジープは乗り心地が悪い。そんなクルマでダートを走り続けている。2〜3時間置きの休憩だけが楽しみに思えてくる。
休憩時間になると運転手らは年代モノと思える人民解放軍払い下げのガソリンバーナーをクルマから取り出し、薬缶でお湯を沸かす。そしてお茶を入れるのだ。
砂漠は乾燥している。汗をかかなくても水分を補給しろと、言葉の違いはあるが砂漠地帯で暮らす人間が常識としていることを言う。
お茶を飲んでビスケットを食べたり、カップラーメンを食べたりと、休憩なのか食事なのかわからなくなる。
今朝、賓館を出るときに手渡された弁当は朝食の残りにカチカチのパン。それに鶏のモモ焼きが入っていた。
一時の休憩が終わると、再び走り出す。今夜の宿泊はウリジという小さな村だというが、中国の地図にも載っていない場所である。
ウリジ到着は大幅に遅れた。日没前にはウリジの招待所に到着するはずだったが、どこかで計算を読み違えたのだ。
あまりにも呆気ない砂漠の日没を見た。太陽が地平線に沈む寸前まで、わずかの間、空が茜色に染まるが、沈んでしまうと残照がない。
その代わりに星が煌きだすのだ。周囲は瞬く間に闇が包む。すると、夜行性の野鼠が、そこらを走り回るのだ。小さなカンガルーとも言うべき後ろ足の長い跳び鼠がクルマのライトに照らし出された。
暗闇の中を数時間走り、ウリジの村に到着。真っ暗闇の中で村人の歓迎を受けた。
滅多に人が訪れることの無い村だけに、走るクルマを子供達が先導して追いかける。はしゃぐ子供らに混じって大人もクルマを追いかける。
だが、人なこさと笑顔の裏で、北京ジープのフェンダーミラーをかっぱわれた。
まるでにっこり笑って人を切るというずる賢さを持ち合わせていたのだ。
宿泊する招待所は素朴も素朴、簡素な建物だった。
クルマを止めろといわれた場所は建物の裏庭。暗闇の中で周囲がどうなっているのか見当がつかない。
しかし、これまで走ってきた風景を思い出すと砂漠の中に数軒の家がある集落ではないのだろうか。明日の朝、景色を眺めるのが楽しみになった。
与えられた部屋はまるで病院の大部屋。部屋の真ん中に石炭ストーブが置かれ、壁に沿って、これまた病院のベッドを思わせるパイプ製ベッドが置かれていた。腰を下ろすとギシギシと金属のこすれ合う、背中がゾクゾクする不快な音がする。
第8回 辺境、辺鄙な招待所の一夜。
Written by 西村 光生
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