顔と手を洗う。宿に到着した後のことを済ますと、食事の時間まですることがない。
部屋の電気は自家発電なのだろうか、ほの暗い。
誰が言い出すともなく厨房に隣接した食堂に向かう。食堂では砂漠旅を仕切ブーがるモが、待ち構えていた。
ニコリと笑うと、ひとりひとりにコップを手渡す。できの悪い、昔の三ツ矢サイダーのような瓶をかざして、栓を開けると一杯やろうと言う。
瓶のラベルは、これまたいい加減な印刷で「草原白酎」とある。
白酎は白酎ではあるが、何やら怪しい。
男がそれぞれのコップに白酎を注ぎ、これまでの無事と、明日には最初の目的地であるエヂナに到着することを願って乾杯しよう、声を揃えてカンペーである。
そして一口。強烈な、舌をしびれさせるような口当たりと、喉の奥を引きつらせるような不気味さがあった。ラベルの細かな字を読むと雑穀白酎とある。
材料は高粱、粟、ヒエなどなど雑穀だ。アルコール度数は高くはないのだが、口当たりと香りが強烈なのだ。
顔をしかめる人間を笑顔で見つめ、ブーがピーチュと叫ぶ。
ビールを持って来させた。冷えてはいないが、外気は冷たい。天然の冷蔵庫が適度に冷やしているのだ。食事ができるまでビールをチェイサーにして雑穀白酎を飲む。
口当たりや香りに慣れてくると、意外に飲めるものだ。招待所自家製の焼き豚のようなもの、腸詰を摘んでは雑穀白酎を酌み交わした。
厨房を覗いていた男が手招きをした。今夜の夕食は麺らしい。
「本物の刀削麺だよ、見てみろ!」興奮している。
料理人が麺のネタである練り上げた小麦粉の塊を片手に持ち、右手で金属の切れ端を器用に使い、麺状に削ったものをグラグラと沸騰する湯の中に順番に投げ入れる。
その素早さは野菜を千切りにするペースに近い。作業自体、興味深いが、出来上がった麺は長さが短く、失敗した手打ちウドンを思わせる。
茹で上げた麺は羊肉をベースにふんだんな野菜を煮込んだスープに移されてから大きなドンブリに盛られる。
「羊と小麦の食文化地帯なんだな、この辺りは……」としみじみと思わされる夕食だった。
季節的には冬。春はまだ先だ。そんな砂漠の夜は冷え込む。部屋のストーブに大きな石炭の塊が放り込まれ、これで朝まで暖かく過ごせる。
第9回 最初の目的地、エヂナを目指す。
Written by 西村 光生
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